昭和40年代に生まれて

昭和40年代(196X)生まれのわたしが、今となっては懐かしいモノや出来事、最近気になるコトや事象などを織り交ぜながら、徒然に書き記しています。

ミステリー

最高に怖かった日本昔ばなし! ある映画と事件で蘇ったトラウマ

投稿日:2019-01-14 更新日:

『まんが日本昔ばなし』は子どものころによく見ていたテレビ番組のひとつでした。

ほのぼのとしたおなじみのお話しから さまざめと悲しげな物語、そしてなかには 心に深く残ってしまう.. ほんとうに怖いお話しもありました^^;

そんななかでも強烈に印象に残るこんなお話し..

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「牛鬼淵(うしおにぶち)」という昔ばなしをご存じでしょうか?

さわりのストーリーはこんな感じ

物語

むかしむかし、伊勢の山奥に「牛鬼淵」と言われる深~い淵があった。

そこには、顏が牛でカラダが鬼という「牛鬼」と呼ばれる恐ろしいものが棲む。そんな古くからの言い伝えがある。

あるとき、二人の木こりがその山奥に入ることになった。山中の小屋に寝泊まりしながら、木を切り出すのが彼らの仕事。

ある晩のこと、食事もおわり二人がくつろいでいると..

不意に見知らぬ男が.. 戸口のむしろのあいだから中を覗いているのに気づく。

何しとる?
見知らぬ男
木こり
のこぎりの手入れをしよる。固い木を挽くんでね..
それじゃあ.. そののこぎりは木を挽くんじゃな?
見知らぬ男
木こり
そうじゃ。

見知らぬ男は少し身を乗り出す..

..

木こり
じゃがな.. こののこぎりについとる最後の刃は「鬼刃」というて、鬼が出てきたらを挽き殺すためにあるんじゃ!

そう木こりが答えると、その男はスゥーッと闇に消えていった。

その次の日も、同じ男はやってきて同じことを尋ねては消えていった..

..

そんなある日、昼間二人が固い木を切っていると.. のこぎりの刃がおれてしまう。それは.. あの「鬼刃」の部分だった!(@_@;)

ここまでの内容でおおかたの展開は読めてしまうのですが..(笑) それでも当時はとてつもなく怖かったのです。

のこぎりを直しに山をおりる年配の木こり。そして、山の恐ろしさを知らず 忠告を聞かずに一人山に残る若い木こり..

そしてその夜のこと.. あの男はまたやって来るのです(-_-)

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ここでちょいと話は変わります<(_ _)>

昨年暮れのこと.. ある知人と話をしていて、どうしても思い出せない映画のタイトルがあるとのこと。

よくよく話を聞くと、まだ子どものころにテレビの映画番組でやっていた洋画でした。 とにかくジワジワと追い詰められていくのが怖くて印象に残っているのだとか..

ストーリーはひと気のない場所での焚火と秘密の儀式。執拗に追われて最後には..^^;

それを聞いたわたしは何故か この昔ばなし「牛鬼淵」と、ある悲劇的な事件を思い出すのでした..

それでは一つづつ 紐解いてまいりましょう。

先ずはその映画から..

追い詰められる恐怖

心理的に追い込まれていく怖さと、結局逃れられない状況.. あとは絶望感。たしかにわたしもそんな映画をテレビで見た記憶がありました。

しかも子どもの頃に数回は見た記憶が..^^;

記憶では若い女性が数名、裸で何かやってる(^^ゞ マスクをつけた男と燃えさかる炎.. 壮絶なカーレースと、逃げても逃げても追ってくる恐怖感

なんだかいや~なエンディング。そう絶望感だけが残ってしまうような.. そんな映画でした。

ネット検索をしてもどうしてもタイトルがわからないというので調べてみると..

えっ!

すぐ出てくるじゃん^^; 1975年制作のアメリカ映画です。

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悪魔の追跡(Race with the Devil)

1970年代に到来したオカルト映画ブームの潮流に乗って制作された作品。ロードムービー的雰囲気も醸しだしているB級映画である。(ウィキペディアより)

悪魔の追跡 [DVD]

ネット検索してみて「ピーター・フォンダ」が出演していたことにあらためて気付きました。たしかホンダのスクーター『TACT(タクト)』のCMに出てましたよね。

ストーリーはこんな感じ..

内容

共同でバイク工場を経営するロジャーとフランクは、休暇を取って各々の妻ケリーとアリスを伴い、新しく購入したキャンピングカーに乗ってコロラドへ向かった。

しかし途中、テキサスの人里離れた荒野で1泊した夜、ロジャーとフランクは悪魔崇拝者集団が少女を殺害する儀式を目撃、それを集団に気づかれてしまった。

地元の警察に駆け込んでも相手にされず、行く先々で集団の嫌がらせを受けたロジャーたちは、銃を購入して応戦することを決断し、執拗な追跡を退けながら逃げるが、その先には衝撃の結末が待っていた。(引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AE%E8%BF%BD%E8%B7%A1)

年代の近い方ならきっと懐かしく感じるB級ホラーかもしれません。

しかし 今考えてみると、こんな映画を小学生が自宅で何回も見れる環境にあったなんて..^^; 我ながら いただけません。

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ん、だから.. 何なの? って感じですが (^^ゞ

この映画をとおして描かれる、ジワジワと執拗に追い詰められていくイヤ~な感じがポイントなのです..

ある悲劇的な事件

それともう一つ..

注(実際にあったとても悲惨な事件です。詳細はぼかして記載しますが自己責任でお読みください<(_ _)>)

この事件は数年前、テレビ番組の特集で知りました。ほんの少し前まで住んでいた福岡県。そこの大学生がこんな悲惨な事件に遭遇していたなんてまったく知りませんでした..

ときは1970年(昭和45年)7月、北海道の日高山脈で起きた事件のことです。

福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件

1970年7月、福岡大学ワンダーフォーゲル部 5人の学生が、福岡県から北海道の日高山脈へ向け出発。

彼らは芽室岳へ入山し、そのままペテガリ岳へ日高山脈を縦走する計画でした。

▽発端

7月25日、彼らは中間地点であるカムイエクウチカウシ山 (1979m) の九ノ沢カールでテントを張った。するとそこに一匹のヒグマが現れる。

テントからわずか7メートルほどの距離にいるヒグマでさえも、九州からやって来た若者たちにとっては、この時点であまり恐怖を感じていなかった..

しばらく興味本位で見ていた彼ら。ヒグマが近づき外にあった登山用ザックを漁り中の食料を食べ始めたのを見ると、音を立て 火を灯したりすることでヒグマを追い払うことに成功した。

▽最初の襲撃

7月25日 午後9時頃、疲れて眠っていた彼らは何やら荒々しい鼻息で目を覚ますこととなる。それは昼間に追い払ったヒグマだった!

ヒグマはテントに穴を空けており、身の危険を感じた彼らは交代で見張りを立てたが、その後は現れなかった。しかし、その後の彼らは恐怖のあまり誰一人眠ることができなかった..

▽執拗な攻撃

7月26日 午前4時半頃、3度目のヒグマの襲撃を受ける。テントを執拗に引っ張り続けるヒグマから逃れるため、彼らはテントを捨てて外に避難する。

5人のリーダーからの要請により二人が救助要請のため山を下りはじめる。途中で別パーティーの学生と出会うと、彼らに伝達を頼み残る3人の元へ戻る。

ふたたび合流した5人は、テントを修繕、設営して夕食をとった。

同日 午後4時半頃、寝にかかろうとしているとまたあのヒグマが現れる。

テントのそばを離れず約1時間以上も離れようとしなかったため、彼らは別パーティーの設営テントに移動しようと考えた。外はすでに真っ暗.. それでも5人は無我夢中で歩き続けた。

▽最初の被害者

同日 午後6時半頃、歩き続ける5人。一人がふと後ろをふりかえると.. そこまでヒグマが追って来ていた。全員がいっせいに逃げ出す。

ヒグマはその中の一人を襲い、他のメンバーは「ギャー」という叫び声を聞いたという..

逃げ続ける4人、しかしまた一人が途中はぐれてしまう。残された3人ははぐれたメンバーの無事を祈りつつなおも歩き続ける。

▽執拗な追跡

7月27日早朝、深い霧が出ており視界は5メートルほど。3人は午前8時頃まで はぐれた二人を探したが見つけきれず、下山することを遂に決意する。

下山途中、一番前を歩いていた一人が下方3メートルほど前方にヒグマを見つける。

ヒグマは逃げる一人を追いかける。残りの2人はその間 工事現場までたどり着き 自動車の手配を頼む。

同日 午後6時頃、2人は駐在所へ到着。なんとか逃げ切った。

▽恐ろしい結末

7月28日、遭難メンバーの救助隊が編成される。

しかし、そこで発見された3人は見るに堪えないほど変わり果てた姿となっていた..

また悪天候により遺体を下ろすことが難しく、八ノ沢で荼毘に付され、遺族に遺骨が手渡されたという。

 

当時二十歳前後の学生がたちが遭遇した彼らの体験は、想像を絶するものだったに違いありません..

3人のご冥福を心よりお祈りいたします。

恐ろしさの正体(まとめ)

さて、ご紹介してきた「昔ばなし」「映画」「事件」に共通するものがあります。それは「執拗さ」「絶望感」

まだ子どもの頃に、冒頭の昔ばなし「牛鬼淵」を見て底知れぬ恐怖感を抱いたのには、その二つに要因があったのだと思います。

また、オトナになった今感じることですが..

この二つを要因とする いわゆる「恐怖感」は今でも自分自身に影響を与えているのではないか.. そんなふうに感じています。

例えば、単調で選択肢の少ない生活、正確な処理能力、黒を白とみなす従順さ、これらを強要されることから逃げ出したくなります。要はサラリーマン人生からの逃亡ですね^^;

さらには、そこから生まれる何とも言い難い「無力感」や「絶望感」。

 

「自分は何のために生きているんだろう..」

社会人になり、しばらくたったころよく考えていました。仕事は安定しており、外から見れば順風満帆なはずなのに..

「何かが違う..」

実はそこに、先の二つの要因からくる 底知れぬ「恐怖感」が何かしら影響を与えていたのかもしれません。

かといって、サラリーマンを辞めフリーになってその「恐怖感」から解放されるわけでもなく.. その影響を受けなければサラリーマンを続けていたかどうかは甚だ疑問ののこるところではありますけどね..^^;


子どもの頃に見聞きした強烈な印象や感情というものは、想像以上にその人の人格形成、はたまた「人生」にまでも大きく影響を与えてしまう..!?

そんなことを考えながら、最近よくむかしのことを思い出す機会が増えたように感じています..

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