昭和40年代に生まれて

昭和40年代(196X)生まれのわたしが、今となっては懐かしいモノや出来事、最近気になるコトや事象などを織り交ぜながら、徒然に書き記しています。

日々好日

あの頃、ジョニーB&フェアレディZと

投稿日:2017-05-28 更新日:

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社会人となり、バンド活動を本格的?に始めたころ..
ある一つの曲だけを取り憑かれたように練習していた時期がありました (^^ゞ

名曲「ジョニー・B.グッド」
Chuck Berry(チャック・ベリー)
※クリックで「1958年のLIVE映像」が見れますよ!(エネルギッシュなフェイスワーク?と華麗なるステップに注目)

少し前になってしまいましたが..
伝説のギタリストであり、ロックンロール創始者の一人
チャック・ベリー氏が他界されました

独特な動き「ダックウォーク」と軽快なロックンロールギターが無茶苦茶カッコよくて..
どうしても同じように弾きたかった (^^ゞ

ギターを始めて、まだ間もないころのわたしは
たまたまギター雑誌に載っていた「ジョニー・B.グッド」のギター譜(タブ譜といいます)とにらめっこで、必死に練習

当時、スタジオを2時間借りては、この一曲のみを延々ループしてた..
なんてこともありました (笑)

ときは1990年代初期..
少し前には、こんな映画が大ヒットしてました (゜o゜)

バック・トゥ・ザ・フューチャー [DVD]

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」
※クリックで「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の超懐かし映像!(この「魅惑の深海パーティー」のシーン、録画したビデオを巻き戻しては何回も見たな~)

当時いろんな映画で大活躍していたマイケル J フォックス
彼のヒット作の一つ「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

1985年のアメリカ映画で、その後続々とシリーズが展開され日本でも大ヒットしました
言わずもがな.. お茶の間のテレビ画面でも何回も繰り返し放映されていました^^

 

そんな時代..
当時バンドメンバーを集める方法として、楽器屋の掲示板で募集ってのがありました
(今でもあるのでしょうか?)

ここ熊本にあるOO楽器店、こちらの地下1Fに存在したギター売り場..
こちらに、知る人ぞ知る..(笑) バンドメンバー募集の張り紙掲示版があったのです

大学卒業後熊本に戻り 「バンドをやるには、先ずメンバーを集めなきゃ..」と、最初にしたことがここにメンバー募集の広告を出すこと

すっごいドキドキしながら、小さな紙に募集の広告を書いたのを憶えてます(^^ゞ

それから数週間後..
一人の男性から連絡が入りました (゜o゜)

数日後に二人で会うことに..

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待ち合わせ当日

当時流行っていた「ZO-3ギター」を片手に待っていると..

フェルナンデス エレキギター ZO 3 '11 BLK W/SC

一人の黒ずくめの男性が近寄ってきます
強面でリーゼント、黒のレザーパンツ..^^;

「こ怖い.. 大丈夫か..? この人」
それが第一印象でした

話してみると意外と真面目..
何より音楽に対する熱意がすごく伝わってきて好感がもてたのでした^^
また技術的なレベルも近そうで(けっこうこれが大事)上手くやっていけそうでした

ただ..
すこし気になったのが、音楽の好み

キャロルが何より大好き!

矢沢永吉フリークなのでした

 

いえいえ、キャロルや矢沢永吉さんが嫌いなわけではなく
当時のわたしは、どちらかと言えば洋楽志向..(キャロルもろくに聴いたことがなかった)

それこそ、チャック・ベリーやビートルズ、70年代ハードロックのコピーあたりから始めようかと考えていました

ところが

そこに現れたのは..
真面目で小柄なリーゼント・黒パンの青年..(笑)

ボーカル兼ベースで、歌うときにはマイクスタンドが欠かせません
そう、彼は普段のスタイルから「矢沢永吉」になりきっていました..

若き日の「岩城滉一さん」 がイメージです..

始めは二人
後にドラムが加わって即席で3ピースバンドができあがりました

そんな時期でした
「ジョニー・B.グッド」を2時間ループで練習していたのは (笑)

そう、彼は優しい性格で、本心では「キャロル」の曲のコピーをやりたかったのでしょうけど..

マイクスタンド

基本はロックンロール
「キャロル」の曲をやる前に「ジョニー・B.グッド」を上手くなろうということで、わたしの意見をとおしてくれたのでした

反面、見た目どおり (笑)
ケンカっ早い性格もあって.. 年下でハッキリものを言うタイプのドラムに意見されて
殴りかかるのを必死に止めたこともありました (笑)

そんな彼の愛車が..
今となってはほんとうに懐かしい、ロングノーズのフェアレディZ

 

何回か乗せてもらったこともあり、中はまさにコクピットのようで男心をクスグル仕様満載
当時わたしもシルビアに乗っていて、たまに車体の先の方をぶつけそうになっていましたがこの車の比ではありません..

また(わたしの中では)彼のイメージがこのクルマと異様にピッタリとはまっていて
その人=フェアレディZ
という公式が、わたしの中ではいつの間にか出来上がっていたのでした

 

そんなある日..

いつもは「ブロン ブロン ブロロロン..」 重厚なエンジン音とともに、狭いスタジオの駐車場に器用に乗り入れてくる彼
しかし、その日は歩いてやってきました

「愛車はどうした?」聞いてみると..

 

売った!

「なんで?」

聞いてみると理由は..

「経費がかかり過ぎる」..(@_@)
そして数日後

Olichel / Pixabay

 

自慢の愛車は「原チャリ」に変わっていたのでした (笑)

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はい、ではこのコーナー
「想い出の一曲」

キャロル「ヘイタクシー」

彼とバンドを組んでから、わたしが知らなかったキャロルの曲をたくさん聞かせてくれました
まさに目からウロコ (゜o゜)
「食わず嫌いはいけませんな!」 そんな教訓を得た頃の一曲

とくに、「ジョニー大倉さん」の歌声が当時はとても気に入ってしまい、よく車のカーステレオで鳴らしていました

 

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