昭和40年代に生まれて

昭和40年代(196X)生まれのわたしが、今となっては懐かしいモノや出来事、最近気になるコトや事象などを織り交ぜながら、徒然に書き記しています。

日々好日

お墓って.. ありだと思えたとき

投稿日:2016-07-19 更新日:

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あった方がいいですか..?
あなたは、お墓に入りたいですか..

唐突にこんな質問から初めてしまって
もし、嫌な気持ちにさせてしまったらごめんなさい..^^;

 

ひとによっては、

「そんなことあたりまえじゃないか.. 何を馬鹿なことを!」って思われるかも..

いや、そんな意見を持つ人の方がきっと多いですよね

わたしは、むかしから
そのへんに関してはあまりこだわりがなくて..

もし自分が死んだら、実家の庭あたりに少しと
あとは思い入れのある地にでも撒いてもらったらそれでいいかなあ~
なんて思っていました

基本、それは今でもあまり変わってません..

 

でも、わたしの親世代になると、やはりお墓は特別なことのようで..
そんな変わりモンの考えは受けつけないようです(笑)

蓮の花

また、お墓に関しては昔からこんな疑問があったりします..(^'^)

たとえば、お墓がないと成仏できないのか,, とか

お墓に入れないとあの世でよくないことがあったり、残された家族に不幸がおこるのか,, 等々..

いちばん現実的なところで考えると

これからこの狭い日本で、人々が生き死にを繰り返していくなか
お墓の用地は絶対的に足りてない じゃないか!

それでも人(日本人は)はなんとかやり繰りしていくのでしょうか..
地下や空中につくるとか..

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わたしのポンコツなあたまで考えるに..
いちばん大切なことは故人を偲ぶ、忘れないことなのではないでしょうか

そこにお墓の有無は、あまり関係ないような気がします

記念碑を建てるほどの金額を積んで立派なお墓を用意したり
数年ごとに杓子定規に法要する必要があるのだろうか..

そんな考えでいたのです

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ところが..

老いていく両親を見るにつけ、またじぶんも歳を重ねていくなかで
お墓の存在というのも「あり」なのかな~

なんて.. 思えるようになってきました (^^ゞ

「人間逝ってしまったら、(肉体的には..)THE END.
住処なんて必要ないし、そこに何の意味があるの???」

そう思っていたわたしに

「いや、いや、 お墓というものは先逝くもののためではなく、残されたもののためにある..」

それは、死をまじかにむかえたものたちの心のよりどころとして、また愛するものを亡くしたものたちのために..

そうした意味では、とても大切な役割をもつもの..なのかもしれません

 

そんなことにようやく気付き始めました..^^;

数年前にヒットしたこの曲..
こんな曲がヒットする日本、まだまだ捨てたもんじゃないなーと感じます^^

わたしの~お墓の前でー 泣かないでください~♪
ここにわたしはいません~ 眠ってなんかいません~♪
千の風にー 千の風になって~ あの大きな空を~ 吹きわたっていますー

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