昭和40年代に生まれて

昭和40年代(196X)生まれのわたしが、今となっては懐かしいモノや出来事、最近気になるコトや事象などを織り交ぜながら、徒然に書き記しています。

ノスタルジック

帰り道の駄菓子屋とぼくの叔父さん.. 何故か心に残るもの

投稿日:2016-06-29 更新日:

 

そこは少し薄暗くて、土間に置かれた台に古い木製のショーケースや棚が所狭しと並ぶ。

奥の小上がりにはおばあちゃんが一人、のんびり店番をしていました。

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商品は文房具やおもちゃ、駄菓子たち.. いわゆるよくある小学校近くの文具店で駄菓子屋も兼ねていました^^

わたしらの時代も、ほんとうにお世話になりました。

商店イメージ

学校がおわると、皆 用はなくとも自然と集まってきます。

そこは、まるでお宝の詰まった秘密部屋のようで.. 憩いの場所でもあったからです。

 

出会ったお宝は、めんこ、仮面ライダースナック、スーパーカーの生写真や消しゴム、アンテナペン、シャーペンなど..

毎日ここに来るたびに新たな発見があったものです^^


これ初めて見たときすっごく欲しかった「アンテナペン」 。たしか1,000円くらいして、当時はなかなか買えませんでした^^;

また「スーパーカーブーム」の到来で、生写真なんてのも販売してました。このボディーラインは本能的な憧れなんでしょうか..


そんな なじみの駄菓子屋ですが.. わたしにはそこでの、忘れられない思い出があります..

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学校の帰り道、必ずそのお店の前を通って帰るのですが、かなりの高確率である「おじさん」に声をかけられていました。

(そのおじさんは、わたしのほんとうの叔父さん、親戚.. です)

 

呼び止められ、中に入るように言われて..

好きな駄菓子を買ってくれるのです^^

友達が一緒だと、友達の分も買ってくれて.. そんなことが小学校の高学年のころから、卒業するまで続きました。

叔父さんは、戦時中は軍医として戦地に赴かれたそうで、終戦後に戻ってこられたあとは不動産関係の仕事をされていました。

お医者さんで、不動産業.. いま考えれば不思議に思うのですが.. 戦時中を生き抜いてこられるなかで、いろいろと事情があったのかもしれません..

きっと器用で、頭も良かったのでしょう。

 

大きくなり冠婚葬祭などでたまに見かけることがあって、そんなときもダブルのスーツをビシッと着こなして、恰幅のいい威厳のある雰囲気を憶えています。

ただ、結婚されることもなく、生涯独身だったようで、晩年は寂しい思いをされていたのかもしれません..

わたしが大学生くらいのとき、ひとり暮らしをされていた家で倒れた状態で発見され.. 亡くなっていたそうです。

 

おとなになってから話しをする機会もなく、こどものころのそんな記憶しかないのですが.. 今でもなぜか.. わたしの中では印象深い思い出となっています..

ojisan

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