昭和40年代に生まれて

昭和40年代(196X)生まれのわたしが、今となっては懐かしいモノや出来事、最近気になるコトや事象などを織り交ぜながら、徒然に書き記しています。

もの心ついたころ

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幼きころの記憶、

もの心ついて最初に思い出せる記憶ってなんでしょう?

わたしが最初に思い出せる記憶は「トタン屋根にあたる雨音」、「小さなスチールラックに並べられた雑誌」、「便所の戸に貼られた浅丘ルリ子さんのポスター」、そんな音やモノだったりします。

当時はわるいことをすると、その暗くて怖い便所にお仕置きとして閉じ込められていました。

そして当時は、その恐怖心とあいまってか彼女のことをガイコツおばさんと命名して恐れおののいていたものです..(..ごめんなさい)

浅丘ルリ子さん2

いま当時の写真などを拝見するととても綺麗な方でびっくりしてしまいます。

記憶は断片的で曖昧ですが、なかには色つきですごく印象深いものもあります。

例えば、仮面ライダーに出てきた蜘蛛男。

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これは映像だけではなく、当時の状況まで思い出せます。

県外の親戚のうちに家族と訪れた際にたまたま放送を見たもので、あとで知ることになるのですが、それが仮面ライダーの第一話でした。

当時、小学校にあがる前のこどもにとって、暗闇からあらわれるこの独特の容貌はこころに深く刻まれました.. 現在にいたるまで蜘蛛が苦手なままです..

でもこのころから続々と出てくるヒーローものや、対する悪役の怪人たちの特殊な容貌にとてもこころ惹かれました。この蜘蛛男の強烈な印象が始まりだったのかもしれません..

蜘蛛男

映像といえば、

わたしがもの心ついたころ、テレビはまだ白黒テレビで、番組と番組のあいだに静止画が挟まることも多かったように記憶しています。

最近はテレビをつければ動画があたりまえで、ほとんど見ないですがたまに静止画が挟まると、すごく新鮮だったりします。

それからわずか40数年..

今では大きめの額縁程度しかなかったテレビは40インチ以上があたりまえになりつつあり、インターネットによって自らがテレビのように映像や文字、音楽までも配信できる時代になりました。

 

東京オリンピックから数年が経過し、どこまでも豊かになっていく様相を見せていた日本。そんな時代にわたしは生まれました。

生まれたときと同じように時間は流れ、いまも様々な風味と速度でもって、何もしなければ日々淡々ととおり過ぎていく毎日。

このようなツールが個人でも簡単に使えてしまう時代、使わない手はないなと思います。

映像技術

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      2017/03/31

 - ノスタルジック